ビジョンボードアドバイザーの想い

私がビジョンボードを届ける理由

自分を後回しにしてきた人生

私は兵庫県豊岡市で生まれ、宿を営む両親と4人きょうだいの長女として育ちました。小さい頃からどこかで、「ちゃんとしていなきゃ」「迷惑をかけちゃいけない」そんな思いを抱えていたように思います。

大人になり、3人の子どもの母になりました。毎日は必死でした。子育て、家のこと、周りへの気遣い。気づけば、自分のことはいつも後回し

本当は助けてほしかった。本当は、しんどいと言いたかった。でも言えなかった。本当に助けてほしい瞬間に、うまく声をあげられなかったあの感覚は、今も心に残っています。

似顔絵作家として活動してきた16年間

私はこれまでの16年間、似顔絵作家として活動してきました。

大切にしてきたのは、「あなたはそのままで価値がある」と似顔絵で表現すること。

「こんなふうに優しい気持ちになるのは初めてです」そう言ってくださる方もいました。人は、認められると少し前を向ける。でも同時に、私は感じていました。

“この人は、本当はどんな未来を望んでいるんだろう?”今を肯定するだけでなく、その人の「これから」にも関わりたいな・・・。そんな風に心の奥では、物足りない気持ちを感じていました。そんな時出会ったのが、ビジョンボードでした。

ビジョンボードとの衝撃的な出会い

「来年叶えたいことを写真にして1枚のボードにする会に参加しない?」ある年の年末、そんなお誘いに軽い気持ちで参加した日、私はついにビジョンボードと出会うことになります。

最初は、写真を切り抜いて貼る、ちょっと楽しいただのコラージュだと思っていました。でも、実際私が体感したのは、固定観念でガチガチだった世界が、ガラリと変わるような劇的な変化でした。

自分自身の願望や夢を後回しにしてきた私にとって、やりたいことを考える時間が、こんなにも楽しくて、満たされるものだなんて。望みを持つことは、わがままじゃないんだと、たったそれだけのことで深く感動したんです。

夢を見ることは、迷惑じゃない。自分の人生を、ちゃんと望んでいい。そう思えたとき、胸の奥が震えるような感覚が走りました。

「人間みんなやったらいい」

その日から、私は取り憑かれたようにビジョンボードについて学び始めました。アメリカや欧米では、脳神経学や心理学など幅広い分野で研究されている自己実現のメソッドであること。日本では、「コーチングのメソッドの一つ」としてごく一部で使われているに留まっていて、一般的な認知度がまだまだ低いことを知りました。

でも、深く知れば知るほど、ビジョンボードの可能性に驚くばかり。いわゆる「引き寄せで願いが叶う」などのスピリチュアルな側面はなかなか実証できません。しかし、科学的な実証がなされている上に、とても再現性が高く誰でも簡単に作ることができるのが最大の利点です。やらないのは本当にもったいない。

現代の社会における様々な課題を解決に導けるのでは・・・と夢が膨らむばかり。最終的に、「人間みんなビジョンボードをやったらいい」という結論に達しました。

ビジョンボードを作ってから私に起きた変化

ビジョンボードを学び始めてから、私自身に起こった変化。それは、自分の価値観がはっきりして、自分の人生を取り戻した感覚です。これまで「大人として」「母親として」「日本人として」という外からの評価や目線ばかりを気にして、自分自身が何を望んでいるのかさえ、見えなくなっていました。

このまま人生は終わっていくのかな・・・・そんなモヤモヤを抱えて毎日を過ごしてきました。

今は、はっきりとクリアになった感覚があります。人生を自分で選んでいる感覚、本当に望んでいるもの、人生を終える時に「幸せだった」と思えるために叶えたいことが明確になりました。

ぼんやりした夢は、いつまで経っても叶うことはありません。

毎日眺めることで、自分がどこに向かいたいのか、コンパスの様にいつも道を示してくれます。

ビジョンボードで変わるのは、選択と行動。この二つの劇的な変化を、身をもって感じています。ビジョンボードに載せた夢に関する情報、チャンスが、どんどん勝手に目に入ってくるようになります。そして、今までだったら選ばない方を選ぶことができる様になりました。新しい選択肢を選ぶ恐怖が減った、不安が減った感覚です。

まさに、人生という大海原で、絶対的に信頼できるコンパスを手に入れた様な感じです。

ビジョンボードが起こしたもう一人の変化

その変化は、私だけではありませんでした。

学校に行きづらさを感じていた、繊細な娘。環境の変化が得意な子ではありませんでした。大きな挑戦を、自分から口にするタイプでもありませんでした。そんな娘が、ビジョンボードを通して何度も自分に問いかけました。

「本当はどうしたい?」最初は、映画が好きで、ただの憧れだった海外。でも、具体的に書き出し、その場所で過ごす自分を思い描くうちに、言葉が変わっていきました。

そしてある日、はっきりとこう言ったのです。「ニュージーランドに留学したい。」一瞬、息をのみました。あの子が、自分から?驚きと同時に、胸の奥が熱くなりました。

背中を強く押したわけではありません。無理に決断させたわけでもありません。ただ、自分の望みを言葉にしただけ。

娘は人生の大きな選択を自分で決めました。あのとき私は、確信しました。人は、自分の本音に出会ったときに動き出すんだと。

ビジョンボードは人生の分岐点を動かす

そして私自身も。ビジョンボードで未来を具体的に描いた直後、講師として大きな一歩を踏み出しました。

怖さがなかったわけではありません。けれど、「私はこう生きたい」という軸があったから、進めたのです。

ビジョンボードは、夢を飾るものではありません。自分の心を動かすものです。望むことをやめてしまいそうなとき、「本当はどうしたい?」と問い直す時間。その時間が、人生の分岐点を静かに動かしていきます。

私はかつて、助けを求めることさえためらっていた人間です。だからこそ、自分の望みを後回しにしてきた人の気持ちがわかります。まず大人が、自分の人生をあきらめないこと。「私はこう生きたい」と言えること。その姿は、きっと次の世代につながっていく。私は本気でそう信じています。

似顔絵も、ビジョンボードも、私の中では同じ一本の線の上にあります。

今のあなたを肯定すること。そして、これからのあなたを一緒に描くこと。

それが、私の仕事です。